計算は得意?

連休中に町の本屋に寄ったら、おもしろい本がありました。

2月にインドに行ったせいか・・・最近妙に「インド」の3文字に引きつけられます。

インド式計算ドリル―九九を卒業した人みんなに贈る魔法の計算トレーニング インド式計算ドリル―九九を卒業した人みんなに贈る魔法の計算トレーニング

著者:中村 亨
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どうも数字に弱く、もちろん計算も得意なほうではなく・・・家計簿をつけるときも電卓を使っていました。

でも、それではますます頭が悪くなると思って、暗算を始めたのですが・・・月末の集計のたびに間違いが発覚!再計算?o?

計算は死ぬまで苦手なままか・・・とあきらめかけていたときにこの本に出会ったのです。

出会ったのです・・・呼ばれたのかも・・・。

たし算・ひき算・かけ算・わり算を「くふうして」解くというものです。

家計簿にはとりあえずたし算が必要なので、本の通りに「くふう」して計算してみました。

すると・・・不思議!

計算が速い♪

しかも、間違いが少ない♪

楽しくて、韓国語の勉強を忘れてしまいそう・・・^^;

さすがインド!

「インド式」のおかげで、計算苦手意識がちょっと克服できそうです^^

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マハラニのインド旅行(最終回)

インドといえば・・・レインボーマン!

♪インドの山奥で~修行して~

インドに行けば、何かある・・・
そんな神秘な国だと思っていました。

「インドに行ったら神に遭って、人のオーラが見えるようになったって人がいるよ」
という話も聞きました。

レインボーマンも確か、ダイバダッタの魂を宿したとか・・・

でも、インドにすごく興味があったとはいえず、
両親に連れられて、お寺のツアーに参加して、という消極的な旅行でした。

しかし、それだからこそ、
「何かに呼ばれているのではないか・・・」
と思ったのも確かです。

約1週間、広大なヒンドスタン平原を走り続けて見たものは、
果てしなく続く菜の花畑、ダルの畑、サトウキビ畑。その中に点在するマンゴーの林。

畑の中に突然現れるレンガ工場。すると、草葺きの人家が現れ、だんだんに街に近づいていく。

街に入ると、野菜を売る店、お菓子を売る店、雑貨屋、屋台・・・あらゆる種類の店が並び、
店の主人は客を呼び込むでもなく、外を見ながら座っており、
店の前では、人々が立っていたり、座っていたり、
その間を牛が歩いていて、野放しの犬がうろうろ駆け回っている。

そして、街並みが次第に消えていくと、また広大な畑が広がリ始める。

畑・・・街・・・畑・・・街・・・畑・・・
何時間走っても、同じような風景のくり返しで、その風景の中に人と牛と犬が動いていた。

日本と違うと思ったことは、外に人々が集まっているという風景。
働いている人もいれば、じっと座っている人もいる。
学校へ歩いて通う学生もいれば、遊んでいる子どももいる。
違う動作をしていても同じ空間にいるという一体感のようなものがあったように思います。

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ヒンズー教徒の多いインドで、ヒンズー教に関係のあるものをあまり見ずに帰ってきてしまったことが心残りです。

次回はぜひ、
ベナレスでガンジスに沈む夕日を・・・
南インドのブリハディシュワラ寺院を・・・(「国家の品格」で天才数学者ラマヌジャンの故郷の近くに、荘厳な寺院がたくさんあると紹介されています)
アジャンタの石窟も・・・
あっ、インドの山奥も探さないと・・・

見たいものすべてを見るには、何回も生まれ変わらなければならないようです^^;

2月9日夜、デリー空港から出国。
シンガポール行きの飛行機は1時間遅れ。インドは最後まで期待を裏切らなかった・・・。

 おわり

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マハラニのインド旅行(13)・・・タージ・マハール

トウンドラ駅からバスで1時間、アグラのホテルに到着。アグラで1番人気、5☆のムガール・シェラトンです。 天気がよければ、2階の展望室からタージ・マハールが見えるそうです。アグラにお泊りの際はぜひ! Dsc00478Dsc00479

朝食後、いよいよタージ・マハールを見に行こうとしたとき、念のためと思って、壊れたデジカメを取り出しました。

奇跡が起きないか・・・と、祈りながら電源を入れてみました。

シャシャという音がしたので、1度オフにしてから、もう1度オンにすると・・・
液晶画面が復活!!!
部分的にダメなところもあるけど、何が映っているかわかります!!

うわー!仏様のご加護が・・・感謝します!
というわけで、気分上々でタージ・マハールを見に行くことに。

タージ・マハールはあまりにも有名すぎて、ご紹介するまでもないですが・・・

17世紀のムガール帝国第5代皇帝シャージャハーン王のイスラム教徒の王妃のお墓です。
庭園の門をくぐると、見えてきました。

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インドの西の方、ラジャスタン州から運ばれた白い大理石でつくられています。

シンメトリーの建築として知られていますが、4本の塔はやや外側に傾けて建てられているそうです。

さらに近づくと・・・柱や壁に、草花やコーランの象眼細工が施されています。

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内部は撮影禁止。王妃と息子に殺されたシャージャハーン王の棺が安置されています。この象眼細工よりもっともっと精巧なものが見られます。

Dsc00430タージ・マハールから見たヤムナー川。
この川の向こうに、黒い大理石のもう1つのタージ・マハールができるはずだったのですね・・・

可愛い女の子が遊んでいました。
結構高いところなんですよ。そんなに端っこに行ったら怖いのに・・・^^;

タージ・マハールをぶら下げている写真を撮ってもらったのですが、私の顔が写っているのでお見せできず残念です。

そして、出口でおみやげを買いました。
しつこくまとわりついてくる少年からです。

「ジャパン、500ルピー」と言って、タージ・マハールの本を押し付けてくるので、
思わず、「ノー、コリア」と言ったら、その少年、ダッシュでハングルの本を持ってきたのです。Dsc00511

ハングルを見たら、買わずにはいられませんよね^^
350ルピーで買いました。

300ルピーが妥当な値段だそうで、ちょっとやられましたけど・・・いいおみやげになりました。

다즈마할 그리고 아그라
タージ・マハルとアグラ(アグラ城)という題です。
※分かち書きがいまいちです。

 つづく・・・

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マハラニのインド旅行(12)・・・寝台列車

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2等寝台に乗りました。
ベッドは2段式で、エアコンつきです。

軌道が広いので、列車の幅も広いそうです。
なので、進行方向に横向きのベッドと、廊下を挟んで、進行方向に縦向きのベッドがあります。

荷物はベッドの下に収納します。
インドの人はやたらに大きい荷物を持ち込んでいて、人の席の下にでも平気で置いてしまいます。当たり前みたいです。

毛布とシーツが配られますが、毛布はほこりっぽくてNG。
シーツはインドの水で洗濯されているんだなぁという感じの、清潔感のない色です。

車内では、チャイとコーヒー売りが、うるさいくらい頻繁に行き来しています。

列車の発車の合図もなければ、次の停車駅のアナウンスもなく、到着時刻もあいまい。
駅には駅名の表示がなく、ドアが開いたらホームにいる人に、ここはどこかと聞くらしい!
途中の駅で降りる人は、実は寝ていられない寝台列車なのです。

「すべて自己責任なんやなぁ。
日本の鉄道も過保護はやめたら、しっかりした人間が育つんじゃないか」と
同行のおじ様たちの意見に納得。

しかし、日本からの添乗員と現地のガイドさんは、冷や汗ものだったそうです。
結局、目的駅の一つ手前の駅から1時間で着くと仮定して、みんなを起こしてくれたらしいのですが。

1時間遅れで出発した列車が、トウンドラ駅には2時間遅れで到着しました。
予定通りなら夜中3時の到着だったのですが、遅れたので5時着。
思っていたよりよく眠れました。おかげさまで。

まだ夜明け前。
真っ暗なホームをはぐれないように歩きました。

 つづく・・・

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マハラニのインド旅行(11)・・・鉄道の駅で

デジカメを壊して意気消沈。もうこの旅も終わった・・・と。

クシナガラからバスで2時間、ゴラクプールという駅に着きました。

「なんか楽しそうな駅やなぁ。ゴラクプール・・・娯楽プール。はははっ」
オヤジギャグにも笑えません。デジカメショックで。

この駅から夜行寝台列車に乗り、タージ・マハールがあるアグラの近くのトウンドラ駅まで行きます。

大きなトランクはポーターが運んでくれます。
なんと!トランク2つずつを頭に乗せて!!
首折れないのか?!

駅には改札がなく、プラットホームにはいろんな人、動物が侵入し放題。
日本の駅には、せいぜい鳩でしょ。

牛・・・ホームの端っこギリギリを上手に歩いています。どこにいくのか・・・

犬・・・線路の上を行ったり来たり。おしっこをかけながら・・・

あー、また出た。ルピーをせびる子ども・・・
しかし、なんかすごい曲芸をしています。輪くぐりみたいな。
見ているとお金を払わなければならないので、見て見ぬふり。

手押し車に雑誌を積んで売り歩いているお兄さん・・・
同業者と正面衝突。どっちも譲らない。

大きなブリキ製の荷物の上に腰をかけて、チャイを飲んでいたおじさん・・・
飲み終わると、素焼きのコップを線路に投げ入れた! カチャーン!!と粉々に。
なるほど、捨ててもよい素材でできているんだぁ。

列車は1時間遅れて到着。
日本だったら大変です。サラリーマンが駅員に詰め寄っているのでは。
でも、インドでは誰も文句を言いません。

ここは、インドですから・・・

※新家氏からもらったゴラクプール駅の写真です。牛が・・・犬が・・・。

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 つづく・・・

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マジなハングル日記・・・クシナガラにて∽크시나갈에서

크시나갈은 석가님이 입멸한(入滅, 저 세상에 떠난) 곳이다.

Photo_4 열반당(涅槃堂)에서 참배한 후 근처에 있는 초등학교를 방문했다.  이 초등학교는 '인도 마이터리' 라는 일본의 NPO법인이 크시나갈에서 만든 초등학교의 하나다.  '아디르두화' 라는 석가의 제자 이름이 붙어 있다.

좁은 교정에서 모든 학생들이 나란히 서 있어 우리를 환영해 주었다.  가장 나이가 많은 여학생 4명이 춤을 추면서 환영의 노래를 불러 주었다.  부끄러워하면서 춤을 추는 그 표정이 인상적이었다.

학생들이 교실에 가고 수업이 시작됐다.  우리는 교실을 구경했는데 교실에는 전깃불이 없어서 너무 어두운 것에 놀랐다.  각 교실에는 30명 내지 50명의 학생들이 앉아서 선생님이 가르처 주는 것을 공책에 열심히 적고 있었다.

교과서와 공책, 볼펜은 NPO가 준다고 한다. 우리도 일본에서 가져온 볼펜을 한명씩 전했다.

인도에서는 학교에 다니지 못하는 아이들이 많다고 한다.  돈이 없고 아니들이 집안일을 해야 하니까.  관광지에서 우리한테 돈을 달라고 하는 아이들은 아마 학교에 다니지 않는 아이들일 것이다.

크시나갈에는 그 NPO 덕분에 학교가 건설됐지만 학교가 없는 곳도 많은 것 같다.  다른 지역에서는 밖에서 땅 위에 앉아서 수업을 받고 있는 학생들이 많이 있었다.  전깃불이 없어서 어두운 교살이라도 교실이 있는 게 얼마나 좋을까...

학생들의 순수하고 반짝이는 눈을 보면서 이 나라에는 희망이 그 눈 수만큼 많이 있을 것이라고 느꼈다. 

지금 학교에 다니지 못하는 모든 아이들이 학교에 다닐 수 있게 되는 게 꿈이라고 현지에 일하는 NPO의 사람이 말했다.  그런 날이 오기를 나도 기도하고 있다.

今日の単語:【仏教用語】석가 釈迦、입멸 入滅、열반 涅槃
入滅や涅槃は普段ほとんど使わない言葉ですが、どちらも悟りを開いた聖者が死ぬという意味です。
전깃불 電灯の明かり
덕분에 おかげで
반짝이다 きらめく

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

クシナガラはお釈迦様入滅の地。

涅槃堂でお参りした後、近くにある小学校を訪問しました。
この小学校は「インドマイトリの会」という日本のNPO法人が建てた小学校のうちの一つで、「アニルドア」というお釈迦様の弟子の名前がついています。

Photo Photo_1

狭い校庭に全校生徒が並んで、私達を歓迎してくれました。
高学年の女子4人が踊りながら、歓迎の歌を歌ってくれたのですが(右の写真)、恥ずかしそうに踊っていたその表情が印象的でした。

Photo_2Photo_3

生徒は教室に戻って授業開始。
教室をのぞいてみると、電気がなく暗いことにびっくり。

教室には30人から50人の生徒が座っていて、先生が教えてくれることを一生懸命ノートに書き写していました。

教科書やノート、ボールペンはNPOが支給しているそうです。
私達も日本から持ってきたボーペンを一人一人に手渡しました。

インドでは学校に行けない子どもが多いそうです。お金がなく、子どもが家事をしなければならないから。観光地で私達にお金をくれと言っていた子供達は、たぶん学校に通っていない子どもなのでしょう。

クシナガラでは、このNPOのおかげで校舎が建てられましたが、校舎がないところも多いようです。他の地域では、外で地べたに座って授業を受けている子供達をたくさん見ました。
電気がなく暗い教室でも、校舎があることがどれだけよいことか・・・。

子供達の純粋でキラキラした目を見ながら、この国には希望が、この目の数と同じだけあるのだなと思いました。

現地スタッフの方がこう言いました。
「今、学校に通えていないすべての子供達が、学校に通えるようになることが夢なんです。」
そんな日が来ることを私も祈っています。

※この小学校訪問の直前にカメラが故障。掲載した写真は同行の新家氏が撮影したものです。
新家氏は川柳の先生であり、文房具店のご主人でもあり、ボールペンをクシナガラまで配達してくれました。配達の最長記録だそうですよ^^

 インドマイトリの会 クシナガラの子どもたちの教育支援をするNPO法人

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マハラニのインド旅行(10)・・・クシナガラ

お釈迦様の生誕の地ルンビニでお参りした後、インドに戻りました。

次は入滅の地、クシナガラです。
左は涅槃堂と沙羅双樹(salという木)。右は涅槃堂に安置されている涅槃像です。

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このお堂は現在、ビルマ寺のお坊さんが守っているそうです。タイやミャンマー、台湾、韓国などからもお参りの人が絶えないという話でした。

クシナガラには、日本をはじめ多くの仏教国が建立したお寺があります。

涅槃の地にふさわしく、静かなよい雰囲気のお寺でした。
建物の跡や仏塔の跡もあり。

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朝のお参りを済ませ、気持ちよく帰ろうとしていたとき・・・

例の物売りの少年にまとわりつかれました。
salで作った首飾りを強引に手に渡されて・・・

「要らないって!」と振り払った瞬間、手に持っていたデジカメが飛んで・・・
レンガの道路に落下!

カシャーン!
嫌な音がして・・・

電源を入れてみると・・・
液晶画面が---水色一色に・・・

涅槃堂で、デジカメがご臨終という笑えない事件でした。
これからまだ、タージ・マハールが残っているというのに・・・ToT

 つづく・・・

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マハラニのインド旅行(9)・・・ルンビニ

お釈迦様の生誕の地、ルンビニのマヤ堂です。(お母さんの名前がマヤ。)

1997年に世界文化遺産に登録されたそうで、その2年前に訪れたときとはずいぶん様変わりしていました。以前は、産湯の池の端にもう少し趣のある小さな白いマヤ堂が建っていたのですが・・・

発掘が進んで、お釈迦様が誕生された場所の石もみつかったそうです。

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お釈迦様はカピラ城を居城とする釈迦族の王子としてお生まれになりました。
王妃マヤ夫人が、無憂樹の下で、その花がきれいだと手を差し伸べたところ、右脇から生まれたと伝わっています。

生まれてすぐに7歩歩き、天地を指差し、「天上天下唯我独尊」と言ったというのはあまりにも有名な話。マヤ夫人はその7日後になくなったそうです。

産湯の池の周りにある菩提樹。
お経が書かれた5色の旗が結ばれています。とってもネパール的な光景。

この旗が風に吹かれるとお経が飛んでいくので、たくさんのお経を唱えたことになるそうです。
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 つづく・・・

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マハラニのインド旅行(8)・・・ネパールへ

仏教はインドで生まれた宗教ですが、お釈迦様の誕生の地ルンビニは、現在のネパールになります。

インド・ネパール国境のスノウリSonauliという町を通って、ネパールに入りました。

この国境線、インド人とネパール人は行き来が自由です。
ゲートも開きっぱなしで、国境という緊張感がありません。

Dsc00344本来なら一人ずつ入国審査を受けなければならないところですが、袖の下の力が強大なお国柄。現地ガイドがうまくやってくれる間、団体旅行客はバスで待機です。

国境周辺の地域は、地理的にもインドとネパールで違いはありませんが、家の造りや周囲の環境で比べると、ネパールの方がややきれいです。

ルンビニに着くと一面の霧でした。湿地帯のようです。
晴れていれば、遠くにヒマラヤの山々がかすかに見えるそうです。

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宿泊したルンビニのホテル(Lumbini Hokke Hotel)。

門扉に書かれた「目」がネパール的です。

ここのホテルはかつては法華ホテル系列だったそうで、建物から食器まで日本製です。

部屋は和室で、大浴場もあります。
ネパールに来て、和室か・・・とがっかりして、部屋の写真撮るの忘れました。本当に日本旅館そのものでした。(マネージャは日本語流暢、従業員はすっごく親切です。)

Dsc00316食事も和食。
天ぷら?!そば?!茶碗蒸し?!

勘弁してよ~!

翌朝はおかゆでした・・・^^;
インド旅行に疲れた胃にはありがたいようで・・・。

 つづく・・・

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マハラニのインド旅行(7)・・・トイレ休憩

ラクノウからは毎日、バスで6~10時間の移動。
道はほとんど舗装されていますが、ガタガタ。
「マッサージになるねぇ」という程の振動が伝わってきます。

田舎道にはセンターラインがなく、わが道を行くインドのドライバーはキープ・センターです。大型車同士はすれ違いにくく、どちらかが少し路肩にはみ出して回避します。
車体がふわーっと右左に傾くこともしばしば。ちょっと怖い^^;

行く先で橋が壊れて通行止め、という情報も、すれ違う車が教えてくれます。
そんなことがよくあるので、目的地までの時間が読めません。

バスの旅で問題はトイレ。
ホテルやドライブインがある場所ではまだましです。

左側の写真、テントの左側の白いところが男性用トイレ。
※トイレの写真を撮るのは趣味じゃないので、控えめに撮りました。

外国人と見るや、子どもがわらわらと集まってきます。

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急にトイレに行きたくなったときは、沿道の畑を拝借します。

今の時期、選択肢は1)菜の花畑、2)ダルという豆の畑、3)サトウキビ畑。

サトウキビ畑は入る隙間がなくNG。豆の畑は下の方が透いているので、畑の奥まで入って行かなければなりません。菜の花畑が理想的。

しかし、ちょうどよい菜の花畑はなかなかなく、豆の畑を拝借しました。

Dsc00304これがダルという豆の畑。
黄色い花が咲いています。

現地の人もここで用を足すようで、あちこちに大の痕が残っていました。

インド産ダル(レンズ豆ともいう)の栄養源は人糞!(の場合もあります)
※購入される際は考慮してくださいね。

しかし、人工的で汚いトイレより、自然の中のトイレは100倍気持ちよかったぁ~!!
道端にもあちこちにフン(牛、犬、ヒトの)が落ちているので、足元には気をつけてください。

 つづく・・・

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マハラニのインド旅行(6)・・・サヘト・マヘト

いよいよ仏跡めぐりの始まりです。
ラクノウからバスで4、5時間、がたがたの道を走り、バルランプールに到着。

サヘト・マヘトという遺跡がありました。
パペットマペットじゃないですよ。

(名前の由来がもしかしてインド?と思って、パペットマペットの公式ページを見てみました。関係ないみたい・・・http://www.puppetmuppet.com/

サヘトには、かの有名な祇園精舎があります。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす・・・」平家物語です。実際には鐘はなかったそうです。

これが祇園精舎です。正確に言うと、その跡。
かすかに残っているように見えるレンガも、修復されたものです。
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お釈迦様が24回の雨安居(雨期に定住して行う修行)を過ごされたというところ。人々が説法を聞いたり、勉強したりする場所で、大きな仏塔もあったそうです。

右の写真は有憂樹という木。無憂樹という木もあり、お釈迦様は無憂樹の下で生まれたという話です。

Dsc00289インドのお坊さん達が座っています。
その奥のマリーゴールドの花で飾られた祭壇で、般若心経を読みました。

目を閉じていると、左の方から吹いてくる風を感じました。そよ風というか・・・とても心地よい風でした。
そのままずっと目を閉じていたい気持ちになりました。

サヘトから少し北東に行くと、マヘトがあります。
コーサラ国の首都で、舎衛城があったところです。今はまったくの廃墟。

Dsc00296旅行記(2)で書きましたが、
「マハラニ、10ルピー」と言いながら、少年がまとわりついてきたところです。

外国人が訪れるところには、必ずそういう少年・少女が集まってきます。10ルピー(約30円)くらいならあげてもいいかなと思うのですが、一人にあげると収拾がつかなくなるということで・・・。

 つづく・・・

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マハラニのインド旅行(5)・・・ラクノウ

コルカタからインド国内線に乗りました。

よく遅れると聞いていた飛行機ですが、搭乗時間どおりにアナウンスがあり、搭乗。
さっそく、紙のおしぼりやキャンディーが配られました。

なーんだ、インドだって時間どおりにできるんじゃ~ん。

と思っていたのも束の間、乗り継ぎのお客さんが遅れているので、出発が20分遅れるというアナウンス。

20分くらいなら・・・
結局1時間遅れでした。

蒸し暑い機内で1時間待たされた乗客。
でも、誰一人文句を言う人はありません。

これがインドなんだ・・・

待っていればいつかは飛ぶんですよね。
しかも、この国内線は、東のコルカタからインド大陸を横断、3、4箇所経由して、西海岸のムンバイまで行くという鉄道感覚の飛行機でした。

私達は2箇所目の経由地、ラクノウ(Lucknow)で降りました。
かなり田舎に来たという雰囲気。

空港前の歩道を牛が2頭、縦に並んで歩いていました。
どこから来て、どこへ行くのか・・・

「ラクノウ(酪農)だけに牛が歩いているよ」
同行者の駄洒落。旅の間中、こんなオヤジギャグだらけでした・・・^^;

Dsc00268翌朝、ラクノウの朝。
霧がかかっていました。
冬にはよく霧が発生するそうです。

北緯27度。沖縄と同じくらい南ですが、長袖のジャケットが必要な寒さでした。
今年は冬が長く、インドでも異常気象らしい。

 つづく・・・

※ラクノウ(Lucknow)はウッタル・プラデシュ州の州都です。ヒンドスタン平原というガンジス河流域の広大な平地にあります。

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マハラニのインド旅行(4)・・・インド博物館

Dsc00236コルカタのインド博物館に行きました。

インド人も10時の開館を待っています。

この博物館は持ち込み制限が厳しく、貴重品・カメラ以外はダメ。カメラバッグ大の荷物もNGでした。

Dsc00234_1博物館の前はこんな風景。
コルカタの中心街なのできれいです。




見学の目玉はバールフト欄楯です。ストゥーパ(仏塔)を取り巻くように建てられた石垣です。お釈迦様の誕生から入滅までの物語や、動物、花などが彫刻されています。

Dsc00240Dsc00238

他にも仏像がたくさんありますが、顔を破壊されているものがほとんどです。
お釈迦様の像にも変遷があるようで、左のお釈迦様はプリーツのある衣、右の仏様はプリーツのない衣をまとっていらっしゃいます。

Dsc00245_1 Dsc00237_2

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【仏像豆知識】

この仏像、お釈迦様に似ていますが、ジャイナ教の神様です。
特徴は、衣をまとっていないこと、耳が肩まで垂れていることだそうです。

Dsc00248 博物館の中庭。

展示物は仏像の他、あらゆるものがあります。

化石が標本箱のまま無造作に置いてあったり、マンモスの骨が天井からぶら下がっていたり、エジプトのミーラがあったり・・・人間の胎児の標本までありました^^;

 つづく・・・

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マハラニのインド旅行(3)・・・コルカタ

カルカッタの話に戻ります。

カルカッタと聞いて思い出すのが、東インド会社とマザーテレサでした。昔は。

しかし今は、シップ薬を連想しませんか?

♪ッカッカッカッカ、カルカッタ~ッコッコッコッコ、コルカタ~
というCMソングがありましたよね。

「カルカッタはコルカタになりました」って、冗談だと思っていたんですが、本当だったんですね。CalcuttaからKolkataになっていました。

英語読みから、めでたく、現地のベンガル語表記に変わったのだそうです。2001年に。
なので、私達も「コルカタ」と呼ばなければいけませんね。

コルカタは1858年から1912年まで、イギリス領インドの首都だったところで、当時の建築物が多く残っています。

こんな感じです。左は「ビクトリア記念館」で、右は官庁街の何かの建物でした。

Dsc00251_1 Dsc00262_1

ビクトリア記念館の周辺は、芝生が青々とした大きな公園になっています。競馬場もあるそうです。

イギリス領時代のインドを想像しました。かなり美しい街だったのではないかと。

そこから少し西側にガンジス河(フーグリー川Hooghly)が流れています。
濁った灰色の川に入り、沐浴している人がいました。

これぞインド!という風景でした。

下流に行くと、現代的な橋も・・・
「ベイブリッジみたいでしょ」と現地ガイドさん。
ベイブリッジの下で沐浴って、ちょっと不思議。

Dsc00257_1 Dsc00253

 つづく・・・

※ガンジス河はコルカタではフーグリー川と呼ばれます。本流はバングラデシュの方へ流れていきます。コルカタ辺りはガンジスの三角州なのですねぇ。

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マハラニのインド旅行(2)・・・マハラニ

Dsc00297「マハラニ、10ルピー」

「マハラニ、10ルピー」

バルランプールのマヘトにあるコーサラ国の舎衛城跡で、インドの少年に声をかけられました。

インドの言葉、ヒンディー語はナマステ(こんにちは)くらいしか知らないで行った旅行。

現地で初めて覚えた言葉が「マハラニ」でした。

お姫様という意味です。

王様はマハラジャで、お姫様はマハラニ。

今回の旅行は、ある曹洞宗のお寺が主催するインド仏跡巡拝の旅で、高齢者も多いことから、宿泊先は豪華ホテル。食事もすべてレストランで・・・という大名旅行。

インドの言葉でいえば、マハラジャとマハラニの旅行というわけです。

むか~しバックパッカーだった私としては、物足りない・・・そして贅沢すぎないか?と思う旅行でしたが、アジュンマとなった今では多少の贅沢も許されるか・・・水しか出ないシャワーではちょっと困ったかも・・・と思いました。

それくらい、インドはすごいところでした。

 つづく・・・

※10ルピーは約30円です。一般的な食堂で普通の食事(カレーとご飯とちょっとおかず)ができる値段です。

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マハラニのインド旅行(1)・・・インド上陸

2007年2月3日土曜日、インド初上陸。

夜のカルカッタ空港。
インド人も外国人もごちゃ混ぜで、ゆっくりモードの入国審査を抜け出し、外へ・・・

お客さんの名前が書かれたカードを持って待つインドのおじさん達・・・
予想以上に整然としていました。

飛行機の燃料のにおいと町の空気が混じったにおい・・・
パキスタンのカラチ空港を出たときとまったく同じにおいがしました。

「インドはかなり、むっとにおうらしいよ」と聞いていましたが、それほどでもなく・・・
空港はまだ洗練された地域なのでした。

2月のインドは冬の終わりで、それほど暑くもなく・・・
しかし、透明感のない空気が、南の国独特の雰囲気をかもし出していました。
霧? ほこり? ガス? 照明灯の光がぼやけている感じがなんともいえません。

牛は・・・
歩いていない。でも、ヤギの群れが暗闇の中を歩いていました。

ホテルの送迎バスに乗って、市内へ。
夜9時を回っているのに、街にはたくさんの人。まだ子どもも遊んでいます。

屋根から鈴なりの電球・・・
クリスマスのイルミネーション?まさか!
結婚式でした。土日は結婚式が多く、会場の屋根を電球で飾るのだそうです。

交差点で道路工事・・・
つるはしで道路を掘る光景を久しぶりに見ました。
インドはなんでも人力。

その工事のせいで渋滞。とにかく自分が先に通り抜けたいと、誰もが思っているらしく、交差点に車が集中。交通整理の人なんかいません。
それでも、そのうちに渋滞を通り抜けていました。
不思議・・・インドって。

町の中心部にあるホテルに到着。
ここは、通り抜けてきた町とは別世界でした。
これが、インド・・・これもインド。

 つづく・・・

↓ホテルのロビーと中庭(Oberoi Grand Hotel)

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マハラニのインド旅行(0)

インドは0を発見した国ということにちなんで、旅行記も0から始めたいと思います。

というか、ちょっとインドに関係ない話題なので^^;

関西空港からシンガポール航空の飛行機に乗り、シンガポールで乗り継ぎ、インドのカルカッタに入りました。

シンガポールまでは7時間の飛行。韓国旅行に慣れた身には、長すぎる。

どうやってすごそうか・・・と思って、映画のリストを見ました。

すると・・・

なんと!「連理の枝」があるじゃないですか!!

ヤッホー! さっそくイヤホンを差し込んで、映画を見ました。

英語と中国語の字幕つきで、なんか不思議。

「連理の枝」はチョ・ハンソンとチェ・ジウの恋愛物で、二人とも病気で余命いくばくもないというストーリーはいまいちの映画なのですが、ラストにシン・スンフンの♪나보다 조금 더 높은 곳에 니가 있을 뿐(僕より少し高いところに君がいるだけ)が流れるんです!

そして、いよいよラストシーン・・・

나 다시 태어나도 너만을 사랑 할꺼야...

まぎれもないシン・スンフンの声・・・

高度1万メートルでの偶然の出会いでした。조금 높은 곳에서...^^

3回見ているうちにシンガポールに着いてしまいました。

シンガポールからカルカッタまでは4時間。いよいよインドです。

 つづく・・・

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