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ひとつのものを究める

ひとつのものを究めるには、苦しい試練を幾つも乗り越えて努力をし続けることが不可欠であり、だからこそ、自分が心からこれだと思える道でなければ、それ程の努力は果たせないのだ。

新聞に掲載されていた数学者・秋山仁さんの言葉です。ひとつのものを究めていない大人には、この言葉がわからないのだろうと結んでいます。

そして、そういう大人は、他人の努力や足跡を軽く見るのだと。

아무것도 아난 채로 죽는다는 건 억울하다.

「何者でもないまま死ぬのは無念だ」という言葉に共感している私ですから、ひとつのものを究めていない大人の一人です。

あれでもない、これでもない・・・とさまよい続けて、もう40代の後半になってしまいましたcoldsweats02 10年前にようやく韓国語というものに出会ったと言えなくもないですが、まだ10年です。

でも、それなりに続けてきたおかげで、努力なしでは到達しないということや、好きだからこそがんばれるということや、いくらやってもきりがないということや、でも好きだからやめたくないということや、いろいろなことがわかりました。そして、一番わかったのが、自分よりもっとできる人への尊敬の気持ちです。

そのことについて何も知らないときは、それができるということの偉大さにも気づかないのですよね。

水泳もそうでした。

自分が挑戦してみて初めて、すごく速く泳ぐということがいかに難しいか、どれだけの努力の積み重ねが必要なのか、ということが、少しわかるようになりました。

少しです。

たぶん、選手と同じようにできるようになるまでは、本当にどれだけの努力が必要なのかはわからないのでしょう。わからないのだろうなということはわかります。

なので、たぶん、わかってあげていないのでしょうね。。。ごめんね。

残りの人生、ひとつのものを究めた大人になれるようにがんばろうと、秋山先生の言葉を見たり、『楽器たちの図書館』を読んだりして思いました。

そうしたら、何かがわかるかもしれません。遅くないですよね?孔子先生。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

テラさんたちの「残りの人生」は、まだ長〜いですよ(^^)。
私もひょんな事から韓国語を始めましたが、ブログでみなさんと知り合っていなかったら止めていたかも?ですよ。
私よりも先輩のテラさんたちを尊敬してますし、だから今でも毎日続けているんでしょうね。
私も「残りの人生」、悔いの無いように生きたいです(^^)。

投稿: ハーちゃん | 2011年8月26日 (金) 06時16分

テラさん アンニョンハセヨ?

私は初めて見たNHK韓国語テレビ講座で習った
「시작이 반이다」と言う言葉に励まされて今日まで勉強を続けてこれました。
「半分」から「極み」までの道のりの長い事長い事!
でも極めるまでの努力が楽しくもあり誇らしくもあり・・・と思いたいです。

投稿: ゆひ | 2011年8月26日 (金) 06時39分

おんに、
まだ長~いですか?
このひと月や過ぎてきた10年のことを考えると、時間は短いだろうなと感じてしまうのですけど。
精一杯何かをしていれば長いのだと信じましょう。

このままずっと好きな韓国語を続けていけたら、きっと死ぬときに욱울하다と思わないような気がしています。
好きだと思えるものに出会えた人生ってラッキーですよね。그죠?

投稿: テラ | 2011年8月26日 (金) 09時39分

ゆひさん、
あんにょんはせよ~?

本当にあとの半分は長いですね。
どこまで極められるか。。。
今目の前に、どこまでも続く山脈が見ていています。
ひとつの山頂に登ると、また次の山頂が見えて、そこまで行ってみようと歩き始めるのです。
どこまで行けるでしょうか?
同伴者と一緒に楽しく歩き続けたいですよね。
같이 가자~shoeshoe

投稿: テラ | 2011年8月26日 (金) 09時47分

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