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MJとともに

先週金曜日、マイケル・ジャクソンが急死したと世間が騒いでいた頃、私の祖母が94歳でこの世を去りました。

週末は葬儀のため鳥取まで行ってきました。
急いでいるときに限って列車は遅れるものなのですね。中国地方の杉山の中を走る単線、特急列車といえどもすれ違いのために何度も停車してイライラ。乗り継ぎの列車に間に合わなくなり、車掌さんにぶーぶー文句を言いながらの旅でした。

祖母は先天性の心臓病のためずっと病弱で、戦争中は空襲警報が鳴っても防空壕に避難できないほど体が弱かったそうです。50代で胃がんになり胃がほとんどなく、10年くらい前に軽い脳こうそくも起こしました。それでも94歳まで生きたのです。祖母を見ていると、天命というもの信じざるを得ません。

2年前には一時危篤になっていたので、いつ亡くなってもおかしくない状態でした。ここ数年は認知症もひどくなって、ほぼ寝たきり状態で、介護する母がものすごく大変そうでした。

そのせいか、最愛の祖母だったのですが、亡くなったという知らせを聞いても涙が出ず、むしろ、これでみんなが楽になれると思いました。死ねないと言っていた祖母も、介護していた母も、その母の愚痴を毎日聞かされていた父も。

さすがに最後の別れの時は涙が出ましたが、真っ白なお骨になった姿を見ても、異常なほど冷静に見ている自分に驚きました。

人はみんな最後はこんな白いかさかさした骨になってしまうのだなぁ。。。と。

だからこそ、生きているうちは一生懸命に生きないとダメなんだなぁ。。。と。

これから、ふと祖母のことを思い出しては涙が出るのでしょうね。でも、祖母の遺伝子をしっかりと受け継いでいる実感があるせいか、私が生きている限りは祖母も生き続けるのだという気がしています。

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「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この間、更新がなかったので心配していました。
いろいろとたいへんだったようですね。
心からお悔やみとご冥福をお祈りします。

投稿: cocoa051 | 2009年7月 2日 (木) 19時52分

そうでしたか。大変でしたね。
私は、死というものは何かからの解放、と言う風に考えています。
歳のせいでしょうか。
ゆっくり休んでくださいね。

投稿: ハーちゃん | 2009年7月 2日 (木) 23時29分

cocoa051さん、ありがとうございます。
新しいPCが来たと思ったらそういうことで。。。
6月はいろいろあって落ち着きませんでしたが、今月はゆっくりブログも勉強もしたいと思っています。

投稿: テラ | 2009年7月 3日 (金) 10時00分

おんに、ありがとうございます。
年とともに、死に対する耐性のようなものができてくるのでしょうか。
20年前に祖父が亡くなった時は、悲しくてずっと泣いていました。自分は生の側にあって、死の側に行ってしまった祖父が気の毒で。
しかし、今回は、自分も同じように、死の側になり得る存在なのだということを思い知りました。
歳のせいかもしれません。。。

投稿: テラ | 2009年7月 3日 (金) 10時04分

私、先々週あたり、介護に関すること取材していたところです。
取材しつつ、いろいろな話(介護する側の話)を聞きましたが、皆さん、自分の人生のほとんどすべてを肉親の介護に使ってるように生きてらっしゃって、聞いていてすごく辛くなる場面もありました。
自分の人生についてもいろいろ考えさせられました。
おばあさまは大往生だったんですね。
ご冥福をお祈りします…。

投稿: nikka | 2009年7月 3日 (金) 23時19分

nikkaさん、ありがとうございます。
天寿を全うしたと思うと、悲しみもないものですね。
この数年間の介護の経験から、母は私に、絶対に家で面倒をみようなどと考えてはいけないと言いました。
実の親でも相当大変だったようです。
というか、どういう親子関係だったかが問題のようですよ。
うちの場合は、介護をしながら、親子関係に決着をつけているような風に見えました。
愛情を十分に受けられなかった子供が、母を愛せるのかどうか・・・という命題に挑戦しているような。
まだ姑の時のほうが楽だったとか。
年齢の問題もありますよね。老老介護になってきているので。

投稿: テラ | 2009年7月 4日 (土) 18時12分

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